REPORT

渋谷防災キャラバン3.11特別企画
J-WAVEスペシャルプログラム

あれから10年。GAKU-MCさん、ゴスペラーズの北山陽一さんと振り返る、3.11特別企画

大きな災害はいつ発生するかわかりません。防災を特別なことにせず、日常的に防災を考える・学ぶために、渋谷区では2018年から「渋谷防災キャラバン」を開催しています。新型コロナウイルスの感染拡大が広がる2020年度は「渋谷防災キャラバン」をオンラインで開催。2020年8月から2021年2月までに6回の配信を続け、一区切りとなりました。

2021年3月はこれまでの集大成として3.11特別企画「渋谷防災キャラバンJ-WAVEスペシャルプログラム」を渋谷防災キャラバンYouTubeチャンネルでの配信とJ-WAVEでお届けしました。ゲストはGAKU-MCさん、ゴスペラーズの北山陽一さん、長谷部健 渋谷区長、MCはJ-WAVEナビゲーターのサッシャさんです。

10年前の3月11日、怒涛の日々のはじまりの日

ゲストで登場したアーティストのおふたりは、どちらも被災地支援に取り組んでいます。GAKU-MCさんは「アカリトライブ」という被災地支援ライブを、震災が発生した2011年から続けています。また、2020年4月からはJ-WAVEの被災地支援プログラム「HEART TO HEART」のナビゲーターとして、東北に限らず近年災害があった日本各地を回っています。

北山陽一さんは、ゴスペラーズとしての活動の傍ら一般社団法人Always With Smile(AWS)を立ち上げました。アカペラ好きの首都圏の仲間とともに、月に一度、気仙沼と女川に通い続け、現地のみなさんと一緒に声を合わせて歌うワークショップを開催しています。

あれから10年が経ちました。長くもあり、短くもあった時間に思いを巡らすために、まずは東日本大震災の発災時、それぞれがどこで何をしていていたのか、3人に振り返ってもらいました。

「ぼくは当時、所属していた音楽事務所のオフィスにいました。外苑前にあったビルが大きく揺れて、まずは近所の小学校に避難。その後すぐに、自分の子どもがいた保育園に、大急ぎで向かいました。家族も全員無事で、胸をなでおろして家に帰ったことを覚えています。そのとき、僕はたまたま自転車で移動していたので支障はありませんでしたが、多くの交通機関が麻痺して大変な状況でしたよね」(GAKU-MC)

「ぼくは、ゴスペラーズのツアーのリハーサル中で、芝浦のスタジオにいたんです。慌てて外に出ると、お台場方向から煙が上がっているのが見えました。そこから歩いて家まで帰ったのですが、途中のスーパーではすでに混乱が起きていました。一度家に戻ったあと、帰宅できない知り合いがうちに一次避難できるように、いろいろな食材を買いにいきました。」(北山)

「当時、私は都議会議員でした。建て替え前の古い庁舎で委員会の真っ最中。建物がひしゃげる音が響き渡り、クラックが入り、窓ガラスも割れて騒然となりました。区役所はすぐに非常事態体制に入りましたが、区議会議員だった私は一度外に出て、家族と運営していたNPOメンバーの安否を確認しました。目まぐるしい混乱の日々がはじまる、始めの1日でした」(長谷部)

人と人とをつなぐ、音楽の力

その後から今に至るまで、GAKU-MCさんと北山さんは、被災地支援に取り組んでいます。そこにはどんな思いがあるのでしょうか。

「311以降、アーティストとしての活動はいったん白紙になりました。することもなく、体も健康だったので、とにかく被災地に向かおうと。テントを張って寝泊まりし、津波によって街に押し寄せた大量の泥をかき、炊き出しをと、とにかく懸命にボランティア活動をしました。その年の秋くらいになると、だんだんと『音楽を鳴らしに来てください』という声もいただくようになったんです。それなら!ということで、音楽をキャンドルの灯りとともに届ける『アカリトライブ』をはじめました。

参加してくれる人に元気を手渡したいからライブをするわけですが、終わってみたらいつも僕のほうがたくさんの元気をもらっています。エールの交換のような時間です」(GAKU-MC)

「ぼくたちは、東京からみんなでバスに乗り、6~7時間かけて東北に向かいます。日程は東北のみなさんに合わせるので、その時々で集まれるメンバーが違う。事前に譜読みはしてきてもらい、行きがてら合わせる練習をして、到着したら現地のみなさんと一緒にアカペラで歌います。

『音楽の力』なんてよく言いますが、音楽を通じて人と人がつながることに本当の意味があると思うんです。はじめのワークショップに参加者は誰もいませんでした。でも次第に人が集まってくれるようになって、今では気仙沼にアカペラグループが結成されたんですよ」(北山)

長谷部区長も当時代表をつとめていたゴミ拾いボランティアのNPO「greenbird」で、何度も物資を東北へ届けました。その後、ボランティアバスツアーを企画し、多くのボランティアの活動を支援しました。

「大きな自然災害の被災地を自分の目で見たのは、東日本大震災がはじめてでした。物資を届けたところで、屋根がなければ物資を保管できない。それらを分けて届ける仕組みも必要です。

減災は大事です。ただし、自然災害はどうしても起きてしまうもの。発災のあとどう動くかのシミュレーションや準備がとても大事だと考えるようになりました」(長谷部)

助け、助けられるネットワークを全国に

その後も、日本には地震や水害、台風被害など、さまざまな自然災害に見舞われています。さまざまな被災地を巡ってきたGAKU-MCさんは、自然の凄まじさと人間の小ささを見た同時に、希望もあったと語ります。

「ぼくはいつも『テーブルの上のビールの粗相』って言ってるんです。同じテーブルで誰かがビールをこぼしたら、みんなで拭きますよね。いろんな被災地を巡る中で、同じテーブルについた友達をサポートする人々の活動をたくさん目にしました。テーブルのような輪を、どんどん拡げていけばいいと思うんです。普段からさまざまな人や地域同士がコミュニケーションを取っていれば取っているほど、ぱっと動き、助けに向かうことができる」(GAKU-MC)

「パンデミックの影響で、人が集まりづらい世の中になってしまいましたが、それでも人は集まるのが好きだと思うんです。音楽でもそうですし、スポーツもそう。そうやって集まったときに、同じテーブルを拭きあうようなつながりができればいいですよね。『準決勝で戦った、あいつが困っている。だから毛布を送ろう』とか。知らない人からの物資はもちろんうれしいけど、知っている人からの物資はもっともっとうれしい。そうやって、ネットワークが全国で生まれればいいなと思うんです」(北山)

2011年から2021年。みなさんは、どんな10年間を過ごしましたか。この10年のできごとや、あのとき感じたことを少しだけ思い出し、自分の生活を見直す。災害はいつ起きるかわかりません。あらためてこの日を、防災を考え、行動に移す日にしましょう。